チュニス メディナ 扉のある路地風景 17/11/2014 チュニジア
邸宅内のパティオ 窓も庇もダークグリーンで統一されている
放課後でしょうか なにか楽しそうです
グランドモスクの入口階段
チュニスは13Cにイスラム都市として最盛期をむかえ 19Cにフランスの保護領となり新市街が発展する
ヴィクトワール広場 フランス門 (バブ バハル 過ってのメジナの城壁) メインストリートのフランス通りの終点からメディナへの東の入口にある 17/11/2014 チュニス
ドゥーズ サハラの日の出 nomadesとoasiensの出会う町 ノマド(遊牧民)が定住した町
この地のノマドは総称してトゥアレグ族といわれる サハラ砂漠への隊商の入口 10012 20/11/2014
エルジェム 円形闘技場 チュニジアに25あるコロセウムのうちもっとも保存状態がよい 2C着工未完成
20/11/2014 エルジェム
この地は古代都市シスドラスが栄えたところ
オリーブオイルを主とするサヘル地方(チュニジアの東海岸周辺)の交易都市として1C頃には人口約4万人を数える 2Cに最盛期をむかえる 3Cにオリーブオイルの課税に反発し衰退を始める
2Cゴルディアン皇帝のもと着工されるも資金不足のため完成にいたらず
7Cにアラブ・イスラム勢力が攻めてきて ベルベルの女王カヒナはコロセウムに立てこもるも絶命
シディ・ウクバのグランドモスク (シディ・ウクバモスク) ケロアン チュニジア ケロアン(カイルアン)は「キャラヴァン」の語源といわれる イスラム教四大聖地の1つ 7Cウマイヤ朝により建設され ムハンマドの友人シディ・ウクバが祀られる アフリカにおけるイスラム教発祥の地 9Cに再建 ケロアン7回の巡礼はメッカ1回の巡礼に匹敵するといわれる 310011 21/11/2014 ケロアン チュニジア
ドゥッガ遺跡 キャピタル ユピテル(ゼウス) ユノー(ヘラ) ミネルヴァ(アテナ) の3神を祀る
寄進者の碑と神殿 ドゥッガ遺跡
ファサードのレリーフ ガニメダをさらう鷲(ゼウス)
聖室の中央にはジュピター像があった
キャピトルに隣接する東の石畳に 12の方位の風に名前が刻まれていて 風の広場と呼ばれる 22/11/2014 ドゥッガ チュニジア
アントニウス大浴場跡 2C古代ローマ帝国の五賢帝の一人アントニウス・ピウスにより建設される ローマのカラカラ帝・ディオクレティアヌス帝の大浴場に次いで三番目の規模
海がみえるロケーションは今もすばらしい 310015 23/11/2014 カルタゴ チュニジア
モザイク画 バルドー国立美術館 4Cのものでドゥッガ出土 ギリシャ神話で半女半鳥のセイレーンの岩の前を オデゥッセウスが誘惑されないよう船の帆柱に身を縛り付け 蠟で耳栓をして 通りすごす場面(部分) 他多数展示有 壁に垂直に再現展示してあるので大変見易い 警備 職員が写真を撮ってくれてこそこそとチップをせがむからご注意 310016 22/11/2014 チュニス
(左) ヴェルギリウス BC1Cのローマの詩人 彼の最も有名なラテン語の8行叙事詩「アエネーイス」が綴られた一巻の羊皮紙を膝に乗せ 彼の右には歴史のムーサ(文芸の女神) 左には仮面を持つ悲劇のムーサが描かれている トロイの王子でローマ建国の祖とされる「アエネーイス」と カルタゴの女王「エリッサ」との悲恋物語は有名 ルネッサンス時代に再評価され ダンテの神曲のなかに登場したり ミケランジェロの最後の審判の画のなかにも描きこまれている
スースで出土された3C~4Cの
もので 肖像化されたものでは
最も古いのではないでしょうか
22/11/2014 チュニス チュニジア
シディ・ブ・サイドの風景 白壁にチュニジアン・ブルーの窓や扉が映え ジャスミンやハイビスカスが彩を添える
独立記念塔 8/11/2015 アルジェ アルジェリア民族解放戦線(FNL)による7年半の独立戦争の後 1962年フランスから独立 戦死者のために1986年建てられる その後一党独裁の社会主義体制が敷かれる 1991年イスラム救国戦線(FIS)が大躍進するも翌年クーデターにより軍事政権に移る 1999年ブーテフリカ大統領が内戦の終結に向かわせる
ノートルダム・ド・アフリク大聖堂 1872年完成 ビザンチン様式風建築 8/11/2015 アルジェ
大聖堂はアルジェ の町と港を眼下に一望できる丘の上にある
サフィールホテル SAFIR HOTEL 1930年完成 コロニアル調の重厚感のある建築 ジャン・ギャバン主演の映画「望郷」のモデルになったことで知られている いまだに国営だそうで無愛想な対応のスタッフも多い エレベータはオーチス社の年代物で扉は中が見える鉄製のジャバラ式で大変レトロスペクティヴです 8/11/2015 アルジェ
中央郵便局 1913年完成 フランスのコロニアルとスペインのアンダルシアの折衷的なムーア様式
シーフードレストラン ドルフィン からの夜景 15/11/2015 アルジェ
朝のアルジェ港 海側は港湾施設と国営中央駅があり山側は植民地時代の街並みが続く
階段の通路が出会うカスバ中腹にあった泉 左側店舗は映画「望郷」の1シーンが撮影された所
伝統工芸博物館内 オスマン帝国時代の建物を利用してアルジェリア各地の焼物や織物を展示
マウレタニア王家の墳墓 BC2c (ヌミディア王の末裔) マウレタニア王ユバ2世が妻のために建てたとされる ユバ2世の妃は クレオパトラとマルクス・アントニウスとの間に生まれた娘のクレオパトラ・セレーネであったので「クレオ・パトラの娘の墓」ではないのかといわれる 91/11/2015 ヘラール アルジェリア
シェルシェルの港(ティパサの西約25km) ローマ帝国の属州時 マウレタニア王国の首都カエサリアであった
ティパサ遺跡のカルドー フェニキア人が築いたティパサはポエニ語で「市の広場」の意味 クラウディウス帝のときローマ帝国の植民地となる 5Cにヴァンダル 6Cにビザンチン 7Cにはアラブ人が攻めてくる しかし
ティパサはアラビア語では「荒廃した町」という意味でアラブ人はこの町には定住しなかった
ティパサ遺跡は周囲2300mの城壁が町を囲む
古代ローマ都市特有の構造で 東西にディクマノス南北にカルドーを 交差点にはユピテル神殿を配置 Cardoの語源はラテン語の「軸・蝶番」からメインストリートを意味し Decumanusの語源はローマ軍団が野営地設けるとき第9と第10分団の境目をDecumanaと呼んだことからきていて 第2のメインストリートを意味するそうです (左)は遺跡の現地案内図の部分写真
ティパサ 9/11/2015
ケバブの店頭売り
昼時にこの煙と臭いを
かがされたらたまらない
それにしてもこのお兄さん
ベルベル人だろうが なんともシビレル男らしい顔立ちだ!
TABIA アルジェリア
ベニ・ハマッド遺跡は 11Cアルジェの南東約300kmのマティド山の南斜面につくられ 中継貿易の
商業都市として繁栄するが わずか80年あまりで度重なる遊牧民の攻撃により滅びる
遺跡には高さ25mの四方柱構造のミナレットや宮殿跡が残る ファーティマ朝から逃れたズィリ・ブロギンヌがハマッド朝を興し1007年この地に都市を築く 全長7kmの城壁が都市を取り囲み大理石で飾られたエル・タナット宮殿やエル・バハール宮殿が建てられた 盆地の地形になっているがこの地層が縦に褶曲されて露出しさらに浸食で大きな波を打っているのはまさに自然のアート です
ベニ・ハマッド 水の宮殿跡 10/11/2015
半円形劇場 観客3000人収容 スケーネーの壁も残っている
アーチの中はカピトリウム神殿 ユピテル(ゼウス) ユノー(ヘラ) ミネルヴァ(アテナ) 神が祀られる ジェミラ遺跡
カラカラ帝凱旋門 216年建立 アーチの中をカルドーが通り 後には Septimen Temlpleが見える ジェミラ
シディ・ムシド橋 1912年完成 高さ175m 長さ164m 過ってフェニキア語でキルタと呼ばれヌビディア王国の首都がおかれていた場所 今はアルジェリア第三の都市コンスタンチーヌ 市内には5本の橋が架かり「橋の町」としても知られている この橋は町のシンボル的存在 2/11/2015 コンスタンチーヌ
奥に見えるのは古代ローマ時代の水道橋に架かるエル・カンタラ橋 下はルメル川 コンスタンチーヌ
アブド・アルカーディルモスク 1986年完成 アルジェリア最大のモスク アブド・アルカーディルはフランスの植民地化に抵抗した人でアルジェリア民族運動の父とも言われる ムーア様式 12/11/2015 コンスタンチーヌ
内部は広い空間ではあるが ミフラブが床面の低い位置なので天井アーチが圧し掛かるようだ
ティムガット遺跡 カルドーの下には下水溝が通され 両側にはアーケードがあった 12/11/2015
トラヤヌスの凱旋門 広いデクマノスの通りは玄武岩で舗装され今も轍のあとがくっきりと残る
ベニ・イスゲン Beni Isgen 4C 遠望 パステルカラーのキュービックな建物とその影の織り成すコントラストは絶妙です 中世サハラ・アトラスから 争いを逃れてムサブの谷M'zab Vallyにやってきたイバール派イスラム教徒ベルベル人の集団(モザビテ)が オアシスの町を築き始める 彼らは「イスラムの清教徒」とも称され 1000年間今なお厳格な戒律と生活を守っている 14/11/2015
ガルダイア 全景 ムサブ渓谷は5(現在7)つの町にわかれている ガルダイヤ メリカ ブー・ヌーラ ベニ・イスゲン エル・アーティフ 手前はコンクリートで固められたワジ 普段は川が流れないので駐車場と"ゴミ捨場"
ガルダイヤ 活気のあるスークと丘の上のミナレット この広場だけは人の写真が撮れる
ガルダイヤ Ghardaia 広場の青空市場
メリカ 13C 4・5本の突起のある古い墓地 「シディ・アイサ」とその一族の墓群といわれている
エル・アーティフ 町の広場 周囲は店屋が並ぶが シエスタの時間帯で人通りがなく静まり返る
カメラを向けるとすぐ家の中に消える子供達
坂道の通路際にある井戸の水汲み場にはヤシの木が植えられ ロバは今も貴重な運搬手段
シデ・イブラヒム・モスク (修復中) スイス生まれの建築家ル・コルビジェが ロンシャンのノートル・ダム・デュ・オー大聖堂の設計にあたり このモスクから着想を得たという 14/11/2015 エル・アーティフ ムサブ
道路沿いで開かれていた羊の市 周辺の空き地は売手と買手の車でいっぱい 15/11/2015
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